至上のブログ ~瑠々に魅せられて~

主にJuice=Juiceの段原瑠々さんに関連する内容です。2014/1/5までは昔の「愛に観せられて」の内容をインポートしています。

伝える手段

さて、ディナーショーから一日経ちまして、今日は全体的な視点で書いてみようと思います。
ハロプロではタレントが表現する場としては、まずテレビ、そしてラジオ、写真集等の書籍・雑誌関係、CD・DVD、最後にライブとあります。(私個人としてはインターネットを活かした活動をもう少しして欲しいのですが) 広く一般にという意味ではテレビが一番だと思うし、生の迫力という意味ではライブが一番だと思います。
モーニング娘。がSingerでありDancerである以上、CDを発売して、それを表現するライブというものは切り離せない活動であるでしょう。…その中において、ディナーショーとはどういう位置づけになるものか… 自分なりに考えてみました。

ファンクラブ会員の中から抽選によって選ばれた、ごく限られた参加者に対して僅かな期間だけ行われるこの催しは、より『伝えること』を重視したものではないかと考えます。当然利益回収は十分考えてるでしょうけど、普通のコンサートをやることに比べればその規模は小さいものではないかと思います。新しい顧客を増やすという意味でも殆ど貢献できないものでしょう。

もともとこの催しは飯田圭織さんから始まりました。残念ながら飯田さんについては、娘。と同じような規模のコンサートツアーは難しいとの判断から「ディナーショー」という形式でファンにその表現を伝える場所をつくったのでは、と思います。最初は初めての事でもあるし、試行錯誤な部分もあったと思いますが、その催しが成功を収めて、引き続き他のハロプロメンバーでの開催となったのではと推測します。

さて、そこで今回の後藤真希によるディナーショーですが、彼女はこの春こそ無かったとはいえ、ずっと単独でのツアーを行い、またこの秋からのツアーも決定しています。で、あるのに何故敢えてディナーショーをやるのか?…そこには、やはり、より『伝えること』を重視した姿勢を感じます。

普段のコンサートでも当然、伝えることを軽視しているわけではありませんが、一つの大衆と化した観衆に対するのと、今回のように同じ目線で一人一人の顔が見える場所で、息づかいを感じながら表現するのとでは、大きく違うものがあると思います。…そういった意味で、今回のディナーショーは真の”Live”であるとも言えるのではないでしょうか… 例えば、流しの演歌師や大衆演芸の役者は、ひとたび観客を前に演じれば、テレビで有名な演歌歌手やテレビ俳優以上に観客の心を掴む表現をすると聞きます。そのような観客との一対一の緊張感みたいなものを経験することは、また彼女の表現力を深めることに繋がるのではと思います。

結論として、このディナーショーは演じる者の表現を深める為の新しい挑戦として、またそれを聴きたい感じたいと願うファンに対して届けることを一に考えて企画されたのではないかと考えます。僅かな人数ではあるけれども、そこでの表現は何万人に対するものと変わらない精神が存在するし、必要だと思います。

参加した者として、この企画がこれからも同じ形で続いていくことを願います。私にとってはまさに一つの理想でもある形でした。そして、また、いつも後藤真希さんのライブに参加したときに思うことを、今回は最後のアンケートに託しました。

Q. もし他のアーティストでディナーショーが開催されるとしたら誰を希望しますか?

  高橋愛 , 藤本美貴 (ソロになったら)

…前で演じるあの人が、もし高橋愛であったなら、と思わないことがない…
先に歩く人がいる… その人を見ながら、心の中でずっと待ち続けている…